建物の耐火性能を学び始めると、必ず出てくる疑問があります。
「なぜ4階以内と5階以上で必要な耐火性能が違うの?」
「階数が上がると、耐火時間が1時間 → 2時間 → 3時間に増えるのはなぜ?」
この疑問、実は
建築基準法が階数を“火災リスクの分岐点”として扱っている
ことが理由です。
この記事では、
階数によって耐火性能が変わる理由を、建築基準法・施行令・告示の体系をわかりやすく解説し、耐火設計を「暗記」ではなく「根拠をもって判断できる知識」
を自然にまとめて、若手技術者が実務でしっかり使える解説にしてお届けします。
階数と耐火性能は「火災時のリスク差」で決まっている
建築基準法では、建物の耐火性能を
“火災時に必要となる安全確保の難易度”
に応じて階数で区分しています。
階数が上がるほど火災時のリスクは増します。
理由は、
① 避難時間が長くなる
高層階ほど地上までの距離が長く、
避難完了に時間がかかるため、建物がより長く火に耐える必要があります。
② 消防活動が難しくなる
5階を超えると、はしご車での救助は限界です。
消防隊は建物内部からの突入を強いられ、火災鎮圧までの時間も延びます。
③ 延焼リスク・収容人数が大きい
階数が上がるほど
- 人の滞在数
- 収容物
- 流動人数
が増え、火災被害の規模が大きくなります。
つまり、
階数が上がるほど、建物の火災によるリスクが増えるため、「建物が火災に対して耐えるべき時間」が増える
ということになります。
法令区分を理解しよう!
日本の建築物の階数別の耐火要求は、下記の条文群で構成・機能しています。

● 建築基準法(法令レベル)
- 法27条:何階建てから「耐火建築物/準耐火建築物」が必要か
- 法28条:主要構造部に耐火性能が必要か
- 法2条9号・九号の二:耐火・準耐火構造の定義
- 法35条・37条:防火区画・延焼のおそれのある部分
● 建築基準法施行令(要求耐火時間がここで決まる)
- 施行令107条:1・2・3時間耐火の具体的要求
- 施行令108条:準耐火構造の耐火時間
- 施行令109条:主要構造部に求める仕様
- 施行令112条:防火区画の耐火時間
- 施行令129条の2:性能規定(火災時崩壊防止の検証)
● 告示(実務で最重要)
- 告示1430号:耐火構造の技術基準
- 告示1431号:準耐火構造の技術基準
- 告示1399号:防火区画の仕様
- 昭和25年耐火性能基準(旧建設省告示):耐火時間決定のルーツ
このセットを理解すると、耐火性能の条文で迷子になることはないでしょう。
階数別の耐火要求時間
建築基準法では、建物の階数が高くなるほど、主要構造部に求められる耐火時間が段階的に長く設定されています。
これは単なる慣例ではなく、先に述べたように、火災時の避難行動や消防活動に要する時間が、階数の増加とともに大きくなるという合理的な考え方に基づいています。
具体的には、建築基準法施行令第107条において、耐火建築物の主要構造部に必要な耐火時間として、1時間・2時間・3時間という区分が定められています。
一般に、1~4階建て程度の建築物では、避難距離が比較的短く、消防隊による初期消火や救助活動も行いやすいため、1時間耐火(または準耐火構造:施行令108条)が基準となります。
一方、5階以上になると、避難完了までに要する時間が延び、はしご車等による外部からの救助も困難になることから、施行令107条に基づき2時間耐火が求められます。
さらに15階以上の高層建築物では、内部進入による消防活動が前提となり、鎮火までに長時間を要するため、3時間耐火が必要とされています。
| 階数 | 耐火時間の目安 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 1~4階 | 1時間(準耐火) | 令107条・108条 |
| 5~14階 | 2時間 | 令107条 |
| 15階以上 | 3時間 | 令107条、旧百尺規制(高度利用地区の考え方) |
※用途や規模により例外あり

上記をグラフにまとめると下記のようにまとめることができます。

耐火時間の区分は“歴史”から生まれている
耐火時間の区分は、どのようにして形づくられてきたのでしょうか?
現在用いられている耐火時間の考え方は、戦後間もない1940年代後半から1950年代にかけて確立された技術的枠組みを基礎としています。
昭和25年に示された「建築物耐火性能基準」(旧建設省告示)では、鉄筋コンクリート造、鉄骨造、木造の大規模建築物について、火災時に構造体がどの程度の時間耐えられるかを、実験に基づいて体系的に整理しました。
このとき採用されたのが、標準火災を想定した火災加熱曲線(現在のISO834と同様の考え方)であり、構造体が倒壊せずに耐えうる時間として、1時間、2時間、3時間という区分が技術的に明確化されました。
また、高さに応じた安全配慮の考え方も、この時期に形成されています。
昭和38年まで存在した、いわゆる百尺規制では、高さ約31mを超える建築物に対して、より厳格な耐火対策が求められていました。
これが、高層になるほど避難や消防活動が困難になるという認識に基づくものの始まりで、後の高層建築物規制の原型となっています。
その後、平成12年の建築基準法改正により、耐火性能の考え方は大きく転換しました。
従来の仕様を満たすか否かという判断から、火災時に構造体が一定時間崩壊しないことを性能として評価する仕組みへと移行し、施行令第129条の2により「崩壊防止時間の検証」が法制度として位置づけられました。
こうした技術的・制度的な積み重ねが、現在の「階数に応じて要求耐火時間を段階的に設定する」という考え方につながっています。
現在の耐火時間の考え方は、実は1948〜1950年代頃に確立した考え方がベースです。
若手技術者が実務で押さえるべき耐火性能のポイント
① 階数は耐火性能を決める“最初のスイッチ”
耐火性能を検討する際、用途や延べ面積に目が行きがちですが、実務ではまず階数を確認することが最重要です。
建築基準法では、一定の階数を超えると耐火建築物とすることが義務づけられ、主要構造部に求められる耐火時間も大きく変わります。
これはこれまでの述べた階数の増加に伴い、避難や消防活動に必要な時間が増える考えに起因することを理解しましょう。
②「RC造だから耐火性能は満足している」は誤解
鉄筋コンクリート造は耐火性が高い構造ですが、RC造であれば無条件に耐火要件を満たすわけではありません。
建築基準法施行令第107条では、階数に応じて1時間・2時間・3時間の耐火性能が求められており、中層・高層建築物ではRC造であっても2時間以上の耐火性能が必要となります。
部材断面や被り厚さだけで足りるのか、追加の耐火被覆が必要かを、法令ベースで必ず確認することが重要です。
③ 防火区画の耐火時間は設計後半で抜けやすい
防火区画に求められる耐火時間(1時間、45分、20分など)は、主要構造部とは別に整理されており、設計後半や用途変更時に見落とされやすいポイントです。
特にテナント入替や用途変更では、防火区画の区分や必要な耐火時間が変わることがあり、既存の壁や建具が基準を満たさなくなるケースもあります。
防火区画は「後付けで調整しにくい要素」だからこそ、早い段階から意識しておく必要があります。
④ 性能規定を理解すると耐火設計は合理化できる
耐火性能は、壁倍率のような仕様規定とは異なり、性能規定による評価が認められている分野です。
建築基準法施行令第129条の2では、火災時に一定時間構造体が崩壊しないことを検証することで、必ずしも画一的な仕様に縛られない設計が可能とされています。
この考え方を理解しておくと、過剰な耐火被覆を避け、コストや施工性を考慮した合理的な設計判断につなげることができます。
■ 実務で押さえるべきポイントまとめ
- 階数は耐火性能を決める最重要条件
- RC造でも階数次第で2時間・3時間耐火が必要
- 防火区画の耐火時間は用途変更時に特に注意
- 性能規定を理解すると耐火設計の自由度が広がる
若手のうちにこれらの視点を身につけておくことで、耐火設計に対する理解が一段深まり、実務での判断力も確実に向上します。
■ まとめ:階数を起点に耐火性能を読み解こう
耐火性能は、「RC造かどうか」「仕様を満たしているか」といった個別要素だけで判断できるものではありません。
建築基準法では、階数を火災リスクの分岐点と捉え、避難や消防活動に要する時間の違いに応じて、建物が火災に耐えるべき時間を段階的に設定しています。
その結果として、1時間・2時間・3時間という耐火時間の区分が生まれ、法・施行令・告示が一体となって運用されています。
また、この考え方は近年突然生まれたものではなく、戦後の耐火試験や百尺規制を起点とする歴史的な安全思想、そして平成12年の性能規定化によって磨かれてきたものです。
若手技術者にとって重要なのは、条文を暗記することではなく、**「なぜ階数で耐火性能が変わるのか」**という背景を理解することです。
まず階数を見る。次に法令区分を整理する。
この順序を身につけることで、耐火設計は決して難しいものではなくなります。

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