はじめに ― “猛暑がデフォルト”の時代へ
2024年は全国で観測史上1位タイの高温を記録し、熱中症搬送者は9万⼈超。
そんな背景を受け、2025年6月1日(令和7年)から労働安全衛生規則が改正され、一定条件下の職場では熱中症対策が法的義務になりました。jsite.mhlw.go.jpmidori-anzen.co.jp
本記事では、改正内容を“かみ砕いて”解説しつつ、建設・製造・農業など屋外作業が多い現場がすぐ取り組める具体策をまとめます。


法改正のキホン 3 行まとめ

いつから? | 何の法律? | 何が変わる? |
---|---|---|
2025/6/1 施行 | 厚生労働省・労働安全衛生規則 | 「見つける → 判断する → 対処する」の一連フローと体制づくりが義務化 |
2025年6月1日に施行された改正労働安全衛生規則(厚生労働省令第57号)は、近年の猛暑で急増する職場熱中症(2024年の労災死傷者は過去10年で最多)を受け、従来“努力義務”だった取り組みを罰則付きの法的義務へ格上げしたものです。
改正ポイントは大きく3つ――
- 体制整備(見つける)
すべての事業場で、作業者が「熱い」「気分が悪い」と感じた瞬間に誰へ・どう報告するかを明記した連絡網を作成し、朝礼や掲示で周知することが必須となりました。 - 手順書作成(判断する)
WBGT28 ℃以上(目安:気温31 ℃)の現場では、離脱ライン・冷却方法・搬送判断などを文書化し、症状に応じた対応フローを決めておかなければなりません。 - 周知・教育(対処する)
作業員だけでなく、職長・安全衛生責任者・救護スタッフを含めた全関係者が手順を理解して実践できる状態が求められます。講習やロールプレイで年1回以上の訓練が推奨され、実施記録も保存義務の対象です。
違反した場合は6か月以下の懲役または50万円以下の罰金に加え、労基署による作業停止命令で工期遅延リスクも発生します。
建設・製造・農業など屋外作業だけでなく、倉庫・厨房など屋内の高温作業場も含まれるため、「うちは屋内だから大丈夫」とは言えません。
改正のキモは、“異変を察知→即座に判断→確実に救護”の3段階を事前に仕組み化すること――この一点に尽きます。
WBGT(暑さ指数)とは?

人体が受ける “暑さストレス” を 1つの数値(℃)に集約した指標です。気温そのものではなく、次の3要素を組み合わせて算出します。
要素 | 測定方法 | なぜ重要? |
---|---|---|
湿度 | 通風させた水銀球を濡れたガーゼで覆って測る | 蒸発による放熱のしやすさを反映 |
輻射熱 | 黒く塗った中空球の内部温度を測る | 直射日光・地面の照り返しなど“当たる熱” |
気温 | 普通の温度計 | 空気そのものの温度 |
屋外用の代表的な計算式は
WBGT =0.7 × 湿球温度 + 0.2 × 黒球温度 + 0.1 × 乾球温度
屋内(直射の少ない場所)では
WBGT =0.7 × 湿球温度 + 0.3 × 黒球温度
が国際基準となっています。
なぜ “気温” より役立つの?
- 湿度+日射も加味するため、同じ 31 ℃ でも真夏の晴天(WBGT≈30 ℃)と乾いた木陰(WBGT≈25 ℃)を区別できる
- 熱中症搬送者数との相関が高く、WBGT28 ℃を超えると発症率が急増することが統計で確認されています
- ISO7243・JIS Z 8504 など国際規格で採用され、労働安全基準やスポーツ大会の作業可否ラインに利用されている
危険度の目安(環境省基準)
WBGT | 区分 | 推奨行動例 |
---|---|---|
31 ℃ 以上 | 危険 | 原則中止、屋内退避 |
28–31 ℃ | 厳重警戒 | 30 分作業/30 分休憩+冷房 |
25–28 ℃ | 警戒 | 45 分作業/15 分休憩 |
25 ℃ 未満 | 注意 | こまめに水分・塩分補給 |


義務化された“3 ステップ”を徹底解剖

ステップ | 具体的にやること |
---|---|
① 見つける | 体調異変・症状を本人 or 同僚が即報告できる窓口と連絡先を事業場ごとに整備し、周知 |
② 判断する | WBGT28 ℃以上(目安:気温31 ℃)の作業場で、症状に応じた離脱基準を予め決定 |
③ 対処する | ❶作業中断 ❷身体冷却 ❸医療機関搬送 ❹緊急連絡網 など手順書を文書化し周知 |
① 見つける ― 早期発見の“しくみ化”
- 報告窓口を固定する
作業員が「ちょっとクラクラする」「顔が赤い」など異変を感じたら、即座に伝えられる連絡先(職長・安全衛生責任者など)と電話番号を事前に定め、掲示板やヘルメットステッカーで周知します。 - 体調セルフチェックのルーティン化
朝礼で“はい/いいえ”の簡易チェックリストを読み上げ、当日の睡眠時間・朝食・持病を確認。異常があれば着替え前に検温し、必要なら医務室で待機。
ポイント:報告しやすい空気づくりが肝。新人や協力会社の作業員ほど遠慮しがちなので、毎朝「体調に違和感があったら即ストップでお願いします」と声を掛けるだけでも発見率が上がります。
② 判断する ― “離脱ライン”を数値で決める
- WBGT≧28 ℃(目安:気温31 ℃)が基本ライン
屋内外を問わず、連続1時間以上または1日4時間超の作業で WBGT が 28 ℃ に達したら休憩頻度増+作業軽減が必須。 - 工程・個人のリスクを掛け合わせる
重い荷上げや鉄筋結束のように発熱量が大きい作業、高齢者・未順化の新入社員は“+1ランク上”とみなし、作業 30 分・休憩 30 分を標準に。 - 離脱基準を文章化
「めまい・吐き気 → 直ちに休憩所へ」「意識レベル低下 → 119番と上司へ同時連絡」など、症状別の具体的アクションをマニュアルに落とし込み、朝礼で読み合わせておきます。
ポイント:判断を個人の経験則に委ねないこと。WBGT 計の数値+症状別フローチャートで“誰が見ても同じ結論”になるよう仕組み化します。
③ 対処する ― 冷却・搬送までを“秒で動ける”状態に
- 作業中断と日陰移動
離脱が決まったら最優先は遮熱。ミストファンや送風機が置かれた休憩所へ誘導します。 - 身体冷却の即実行
保冷剤・氷水ペットボトル・濡れタオルで首・腋・鼠径部を冷やし、10 分後に再評価。 - 医療機関搬送
回復しない場合は 119 番。救急車を迎える動線と緊急連絡網(家族・現場代理人)を作業所ごとに掲示。 - 記録と振り返り
発症時刻・WBGT・作業内容・処置時間を記録し、翌日の KY(危険予知)活動で共有。再発防止策を“即日”で反映させます。
ポイント:冷却資材は「作業人数×2セット」を目安に常備。保冷剤が溶け切っていた…とならないよう、交代制で昼に再凍結すると確実です。

“対象になる現場”早わかり
- WBGT28 ℃以上 または 気温31 ℃以上
- 作業が連続1時間以上 or 1日計4時間超
- 建設業・農林水産業・製造業の屋外だけでなく、倉庫や厨房など高温多湿の屋内も対象になります。
2025年6月1日施行の改正規則は、
「暑さ指数(WBGT)28 ℃以上 または 気温31 ℃以上」かつ「連続1時間 または トータル4時間超」作業が見込まれる現場を一律に“対策必須ゾーン”と定義しました。
ポイントはたった2軸──温度条件+作業時間。これを満たすと屋外・屋内を問わず義務化の対象に入ります。
1. 屋外編:真夏の“外仕事”はほぼ該当
- 建設現場
とび工・鉄筋結束・舗装工事など、照り返しと重作業が重なる工程は WBGT が急上昇します。 - 道路舗装・橋梁塗装
アスファルト舗装や橋梁塗装は、真夏に路面温度50 ℃超となりやすく、WBGT28 ℃をあっさり突破。 - 農業・林業・漁業
ビニールハウス内の高湿度/炎天下での刈払機作業など、季節労働者を多く抱える分野も対象です。 - イベント・警備・物流仕分け(屋外)
夏フェスの設営・誘導や宅配の積み替えヤードも、長時間立ちっぱなし+日射でリスクが高い。
2. 屋内編:エアコンがあっても“隠れホットスポット”に注意
- 倉庫・配送センター
大空間+シャッター開放で外気が流入。フォークリフト運転や手荷役は発汗量も多く、WBGT が上がりやすい。 - 厨房・ベーカリー・食品工場
オーブンや加熱調理設備が並ぶ厨房は、排熱が集中して気温31 ℃超になる時間帯が頻繁に発生。 - 鋳造・製鉄・鍛造工場
高輻射熱エリアでの作業は季節を問わず WBGT28 ℃を越えるため、真冬でも義務化対象になります。 - 体育館・プール監視員
高湿度+天井近くに熱がこもる構造で、体感温度が上昇しやすい。
3. 判断のコツ:2チェックで即判定
- 温度計&WBGT計を設置
朝礼前に 「気温31 ℃/WBGT28 ℃を超えそうか?」 を確認。超えたら義務対応フラグ ON。 - 工程表と照らす
連続1時間・1日4時間を超える見込みなら“対象確定”。途中で休憩を挟んでも、作業再開後の累計が4時間を超えれば対象です。
ワンポイント:屋内で空調を導入していても、局所的に WBGT が 28 ℃を超える“ホットスポット”があれば対象。測定器は作業者の高さ(腰〜胸)で測りましょう。
罰則・企業リスク

改正規則に違反すると 「6か月以下の懲役 or 50万円以下の罰金」—法人にも科料が及びます。さらに労基署長からの作業停止命令で現場が止まるリスクも。
改正規則に違反すると、単なる注意喚起では済みません。刑事罰・行政処分・民事賠償・社会的信用失墜の4連コンボが現実に降ってきます。
1. 刑事罰 ― 会社も管理者も“両罰”でアウト
法的根拠 | 罰則内容 | 誰が罰せられる? |
---|---|---|
労働安全衛生法 第119条 | 6か月以下の懲役または50万円以下の罰金 | 実務責任者(現場所長・安全衛生責任者など) |
労働安全衛生法 第122条(両罰規定) | 上記と同額の罰金 | 法人(会社本体)も同時に処罰 |
労働災害の定番条文ですが、熱中症対策の義務違反もここに該当します。罰金50万円×現場所長+法人分=ダブルパンチとなる点が要注意です。 |
2. 行政処分 ― “作業停止命令”で工期が止まる
労基署長は危険が切迫していると判断した場合、機械・設備・作業の使用停止/作業停止を命令できます。改正指針では、体制未整備のままWBGT28 ℃超で作業を続行していた事例が典型的対象になると明記。外注比率が高い建設現場では、1日ストップ=数百万円の延滞金が発生しかねません。
3. 民事賠償 ― 労災保険だけでは終わらない
熱中症で後遺障害・死亡事故が起きた場合、被災者や遺族は**労災給付を上回る損害(逸失利益・慰謝料など)**を求め、民事訴訟を起こすことが通例です。安全配慮義務違反が認定されると、数千万〜1億円規模の高額賠償判決も珍しくありません。企業は労災上乗せ保険や役員賠償責任保険で備えるケースが増加中。
4. 社会的信用とビジネス機会の喪失
- 指名停止:公共工事や大企業のサプライチェーンから排除されるリスク
- ブランド毀損:SNSで「ブラック現場」の烙印が拡散、採用難・離職率悪化
- 株価下落:上場企業は熱中症事故=ESG評価低下で株価に直撃する事例も
今日からできる実践的 Heat-Safe メニュー

作業環境管理(暑さそのものを減らす)
- 遮熱:直射日光を遮る簡易屋根や遮熱シートの設置
- 送風・冷房:屋外は大型ファン+ミスト、屋内は除湿冷房で WBGT を下げる
- 時間帯シフト:猛暑日は早朝・夕方作業への前倒しを検討
- WBGT の常時表示:掲示板や IoT センサーでリアルタイム共有
作業管理(働き方を調整)
WBGT | 休憩目安 | 作業強度 |
---|---|---|
28–30 ℃ | 45分作業/15分休憩 | 中強度作業を軽減 |
>30 ℃ | 30分作業/30分休憩 | 重作業中止+冷房休憩 |
ポイント:新入社員や高齢者は「暑熱順化」が未熟。最初の2週間は短時間勤務+小休止を倍増。
ITツールでラクする
ツール | 機能 | 価格感 |
---|---|---|
環境省「熱中症警戒アラート」LINE通知 | 地域 WBGT を自動受信 | 無料 |
Heat-Stress IoT センサー | 作業員の WBGT & 心拍モニタ | 1万円/人~ |
AI スケジューラー | 天気×WBGT で工程を自動リスケ | 月額5千円~ |
“気づかせる”――公式アラートをチャットに直接プッシュ
- LINE WORKS版「熱中症アラート 2025」
- 環境省の WBGT 予測データを自動で取り込み、地域ごとの警戒度を朝6時にチャットへ通知。BOT が「今日は休憩30分/作業30分ですよ」とコメントまで添えてくれるので、現場代理人の手間はゼロ。しかも 料金は無料。導入はアプリディレクトリから 1 クリックで完了します。line-works.com
- 環境省公式 CSV/API
- 法人向けに 1時間刻みの WBGT 予測値を CSV で配信(4 月23 日〜10 月22 日)。Excel や Power BI に突っ込むだけで自社ダッシュボードが作れます。毎年同じ URL なので、Power Automate で深夜に自動更新する運用が定番。wbgt.env.go.jp
“見張る”――ウェアラブル+IoT でリアルタイム監視
- カナリア Plus 2025 モデル
- 腰ベルト型センサーで WBGT と心拍を 30 秒ごとにクラウド送信。閾値超過時は管理室と本人スマホへ即アラート。東京消防庁と共同検証済みで誤報を 40 % 削減。電池交換も充電も不要(コイン電池1個でワンシーズン持続)。価格は 1台 1.5 万円前後 と手を出しやすい水準です。digital-construction.jp
- ダッシュボード連携
- 10 人分をまとめて表示し、“赤ランプ”が点いた作業員だけを休憩所へ呼ぶ運用が主流。複数現場を跨いで監視するゼネコンは、Teams と連携させて所長にも即時転送しています。
“組み替える”――AI スケジューラーで工程を自動最適化
- AI エージェント型スケジューラー
- 人員配置・資材・天気予報を取り込み、WBGT が危険水準の日は自動で作業を夜間枠へスライド。ガントチャートをドラッグすると、裏で PERT 計算を回してクリティカルパスを更新する仕組みです。国内では NocodeRi が提供する SaaS が代表格で、月額 5,000 円台から。
- “予備日を1日おきに確保しつつコストは最小”といった制約条件も設定可能。工期短縮効果は 平均 8〜12 % という展示会レポートも。
- ChatGPT+スプレッドシート“お手軽版”
- 気温・湿度・日射をセルに入れ、ChatGPT 関数で WBGT を自動算出→条件付き書式でセルが赤く光るだけでも、“作業可否”を瞬時に判断できます。現場に Wi-Fi が無い場合は オフラインの Python スクリプトで同じ計算が可能。
まとめ ― “法令順守”+“命ファースト”が最強のコスト削減
- 報告体制+手順書整備は“必須”。まずはフォーマットを作り、全員でリハーサル。
- WBGT を測らずに作業しない—数値化が判断ミスをなくす近道。
- 設備投資に迷ったら「罰則+休業損失>対策コスト」を思い出しましょう。
次のアクション
- 会社の“熱中症マニュアル”を最新改正対応にアップデート
- WBGT 計と冷却グッズを月内に追加購入
- 夏本番前に“対処手順”のロールプレイを実施
安全と生産性を同時に守り、暑い夏を乗り切りましょう!
本記事は厚生労働省リーフレット等の公開資料をもとに執筆しました。
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